「第200回デジコンサロン(終)〜デジコンサロン 21年の歴史を振り返る〜」開催

2017年6月28日(水)19:00より御茶ノ水デジタルハリウッド大学にて、「第200回デジコンサロン(終)〜デジコンサロン 21年の歴史を振り返る〜」を開催しました。
「第1回デジコンサロン〜ライブカメラ・システムについて〜」を開催したのは、1996年5月23日(木)のことでした。それから、かれこれ21年の年月を経て、2017年6月28日(水)、デジコンサロンは200回を数えるに至りました。1996年といえば、国内初のポータルサイトYahoo! JAPANが4月にスタート。ラリー・ページとセルゲイ・ブリンGoogleを設立するのが1998年4月のことですから、デジコンサロンはまさにインターネットの黎明期に船出をしたのでした。
以来、21年、デジコンサロンは、「デジタル・テクノロジーは、私たちの未来をより良い社会にするために活用されるべきだ」という考えに基づき、デジタル社会における社会変革や新しい文化の創造について広く議論する場として活動してきたわけですが、長い間ご協力いただいてきたデジタルハリウッド大学大学院をはじめ、講師の方々、スタッフの皆さんなど、多くの人々のボランティア精神によって支えられ、今日に至りました。
第200回を迎えたデジコンサロンは、ここで一旦終了し、区切りをつけさせていただきます。
第200回は、まず西尾安裕さんと藤井正博さんからデジコンサロンを始めるに至った秘話が紹介され、次いで第1回の登壇者、池田将さんがシンガポールのインターネットフェア会場からFacebookビデオで登場したのに続いて、KNN神田敏晶さんがマレーシア、クアランプールから同じくFacebookビデオで登場。
そして、デジコンサロンでいつも年末の総括をしていただいていた浜野保樹さんが1994年4月、有楽町にあったニッポン放送銀河スタジオで行った日本で最初のインターネット・セミナーの映像を流し、在りし日の浜野保樹さんを偲びました。
続いて、会場にかけつけていただいた登壇者の方々に、次々と思い出話や近況報告をしていただき、最後に、マスメディアの草創期に活躍された小谷正一さん(パ・リーク設立、ラジオ局/テレビ局の開設、テレビ広告料金の策定、電通プランニングセンター創設、大阪万博人気館のプロデュース等)や堀貞一郎さん(大阪万博人気館の企画、東京ディズニーランド舞浜誘致等)のお話、そして、ラブリバー活動で日本の環境保護活動のさきがけとして貢献してきた西尾安裕さんの活動を紹介。
デジコンサロンが、マスメディアの草創期からインターネットの草創期を経て今日に至るまで常に時代の最前線をテーマにしてきたことはもちろん、取り上げるテーマも「アップル/IT」「メディア」「アート/カルチャー」「ライフ/ワールド」と多岐にわたり、さらに、表面的な金儲け話ではなく、ものごとを本質的に考えていこうとう姿勢を貫いてきたことを改めて皆さんと一緒に確認したのでした。
閉会後、長い間お世話になった杉山知之デジタルハリウッド大学校長に感謝の花束を贈呈し、懇親会でしばしの懇談をしたのでした。
皆さん、長い間、デジコンサロンをご支援、ご協力、ご参加いただき、本当にありがとうございました。

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